戦前、和菓子職人だった初代 相澤捷蔵が、寿司屋の将来性を抱き、
神奈川県登戸の川魚料理店「橘」で修行を開始したのがそもそもの始まりです。
その後、暖簾分けで昭和3年に東京下北沢に橘寿司を開業。
しかし、戦争により一旦廃業の憂き目に遭います。
終戦後、故郷宮城に戻った捷蔵と妻つねは、昭和21年に現在の地
一番町に店を構えました。
時代は戦後の復興から高度経済成長期へ・・・
橘寿司は多くのお客様に愛され、一番町を代表する寿司屋となって行きました。
1949年(昭和24年)8月に開催された七夕まつりを
米兵の将校が撮影した大変希少なカラー写真です。
右側に橘寿司の看板が写っています。
上記の写真と同じ1949年(昭和24年)に日本公開された「楽聖ショパン」のチラシに掲載された当店の広告です。